宅配その一
今日は待ちに待った16歳の誕生日だ!
何がうれしいって、あのあこがれの冒険者になれるんだ。
これが喜ばずにいられようか。
鏡の前で剣を構えてみる。
小遣いをためてようやく手に入れた剣だ。
先輩たちのと比べるとかなり見劣りのする代物だったが
剣を持っているだけでなぜか一人前の冒険者になれた気がした。
僕は窓から覗いて庭に誰もいないことを確認し、二階から飛び降りた。
塀までこっそり駆けていき、飛び越えようと塀の上に手をかけた。
その時、誰かに足首を捕まれ、ものすごい力で地面にたたきつけられた。
「そんな格好で何処へ行くつもりだ!この道楽者が!」
「ほっといてくれ!僕はもう16になったんだ。自分の人生は自分で決める!」
「ガキのくせして何ぬかしやがる。お前に冒険者など務まるはずがない!」
僕は親父に引きずられていき、とうとう倉庫の中に放り込まれてしまった。
「遊んでいる暇があったら倉庫の整理でもしていろ!」
親父はそう言い残し、外側から鍵をかけてしまった。
しばらく戸をたたいてから、親父が遠くへ行った事を確かめるため耳を立ててみた。
どうやら行ってしまったらしい。
こんな事もあろうかとすでに抜け道は調査済みだ。
明かり取りの窓への踏み台を探していると、
がらくたの中で一際きれいに手入れされた一組の武具を発見した。
「なんて綺麗な鎧なんだろう・・・新しく仕入れた売り物かな?
そうだ!こいつを貰っちゃおう。息子の冒険者としての門出祝いだ。これぐらい貰って当然さ。」
僕はまんまと窓から抜け出すことが出来た。
見慣れた街道も、今日は僕のためだけに開かれているようだった。
僕は酒場の扉を威勢良く開けた。
酒場の娘エミエットが真っ先に声をかけてきた。
「マクヘル!」
「やあエミエット。今日は最高の一日になりそうだ。」
「その格好はなあに?新しい商品の宣伝でもしてるの?」
「ちがうよ。僕は冒険者になるんだ。」
「えっ、そっか。今日が16歳の誕生日だったわね。もしかして、それでそんな格好してるわけ?」
「さっきからいってるじゃないか。早く連盟に登録させてくれよ。」
「それはいいけど、お父さんに許可は貰ったの?」
「親父なんか関係ないよ。・・・許可は貰ったさ。この鎧をくれたんだから。」
「ほんとに?」
「うるさいなあ、いいから早く手続きしてくれよ。」
僕はエミエットを強引に説得して、とうとう冒険者になることが出来た。
「はい、会員証。それで、依頼だけど・・・」
「この宅配依頼を受けることにするよ。」
「叙情の町への宅配依頼ね。ええと、期限内に戻ってこないと報酬は渡せないからあんまり寄り道しちゃだめよ。」
僕は初仕事を飾る大切な荷物を受け取った。
「わかった、いってくるよ。」
「ちょっとまって!もしかして今すぐ出発する気!?」
「当たり前だろ。」
「一つだけ忠告しておくけど、その鎧はやめておいた方がいいわ。もう少し地味な方が似合ってるわよ。」
「いいんだよ、この方が心強いし。そのうち様になって来るさ。」
「いや、そういう意味じゃなくって・・・ちょっと聞いてよ!」
僕は大通りへと飛び出した。
こうして冒険者としての第一歩を踏み出したのだった。
街道では特に変わった事はなかった。
乗り合わせた馬車で同業者からの視線を感じたが、きっとこの鎧が珍しかったのだろう。
叙情の町へ行く分かれ道で馬車を降りた。ここからは歩きだ。
さわやかな風、青い空、気分は最高!
木漏れ日を身に受けながら足取りも軽く街道を歩いていった。
しばらくして、妙な異臭が風に乗って流れてきた。
この臭いがすると町が見えてくる印だ。
「しかし、この異臭はなんだろう。いつもここを通る度にかぐ臭いだ。」
その時だった。
突然背後から首を捕まれ、喉元に短剣を突きつけられた。
「教えてやってもいいぜ、その代わりその鎧を置いて行け。」
気が付くと四、五人の盗賊にすっかり取り囲まれていた。
「手を挙げろ、おとなしくしていれば命までは取らない。」
僕は驚いて両手を挙げた。
大事な荷物が地面にぽとりと落ちた。
盗賊は手慣れた手つきで数十秒とたたないうちに身ぐるみはいでしまった。
そして蜘蛛の子を散らすように街道脇の茂みへと消えていった。
最後に残った盗賊は足下に落ちていた荷物を拾い上げた。
「こいつも貰っていくぜ。」
「だ、だめっそれは大事な荷物なんだ!それがないと仕事がもらえなくなる!」
僕は必死にしがみついて荷物を奪い返そうとした。
「うるせえ!」
盗賊はいきなり刀を抜いて僕に斬りかかった。
僕はあわてて身をふせた。
「うぐぇ・・・」
その時盗賊は奇妙なうめき声を上げた。
おそるおそる目を上げると、盗賊の喉元から細い剣先が突き出ている。
背後から誰かに刺されたのだ。
首から剣が抜けると、傷口から大量の血を噴き出しながら盗賊はその場に倒れた。
盗賊の背後には、一人の女冒険者が立っていた。
僕はその時すでに恐怖で全く動けなくなっていた。
その女冒険者は僕の姿など全く目に留まらぬ様子で盗賊の懐をまさぐり、
何事かつぶやいてから盗賊の剣をその手からはぎ取った。
そして、落ちていた僕の荷物を拾い、そのまま立ち去ろうとした。
(それを持って行かれたら困る!初仕事の品物を持って行かれたら冒険者になれなくなる!)
女冒険者を何とか引き留めたかったが、それには未だ首から血の吹き出している盗賊の死体を飛び越える必要があった。
四苦八苦したあげく、遂に女冒険者を振り向かせることに成功した。
彼女はこう言った。
「なら金を出せ。」
僕はふところを探ってみた。
あった。幸いにも財布まではとられていなかった。
僕がそれを差し出すと、彼女はその重さを確かめ、ふっと笑みを浮かべた。
優しさのかけらも無い、冒険者特有の不気味な笑いだ。
それからどうやって町に着いたのだろう。気が付くと道具屋の前に立っていた。
「ここか・・・。」
僕は扉を開け、中に入った。
「あの、お届け物です。」
棚の整理をしていた道具屋の親父は振り向きもせずにこう言った。
「冒険者の荷物か。化け物やら盗賊やらと年中やりあってるお陰で荷物が台無しだ。
そんな役に立たないもの捨てておけ。全くこんな奴らが商売相手とは因果なものだぜ。」
僕はカウンターに荷物を置くと、道具屋の親父が振り向くのを待った。
「あの・・・受取のサインを・・・」
「ちっ、ろくな仕事もしねぇくせにサインをよこせか?そこいらの盗賊どもと変わりゃしねぇ。
冒険者なんぞクソくらえだ。食うためじゃなかったらお前ら相手に商売なんぞするものか。」
親父は後ろ手に依頼書を受け取ると、さっとサインをして放り投げた。
僕がそれを拾っている時、始めて親父がこっちを向いた。
「おい、貴様!何処で人を殺してきた!」
さっきとは明らかに口調が変わっている。
僕は驚いて自分の姿を見た。
着ている服の胸当たり一面にべっとりと血糊が付いていた。
あの盗賊の返り血だろう。
「ち、ちがうんだこれは・・・」
「人殺しめ!警察に突きだしてやる!」
僕はあわてて道具屋を飛び出した。
人気のない脇道を走っているうちに、辺りはもう薄暗くなっていた。
町に帰るにも馬車を走らせるだけの金もない。ましてや宿をとる事すらできない。
それ以前にこの服を何とかしなくては・・・。
やがて林の中に洞窟が見えてきた。
それと同時に妙な異臭がしてきた。街道でかいだあの臭いと同じだ。
僕は洞窟に入る訳にもいかず、辺りを当てもなく歩き始めた。
やがて、藪の中に人が倒れているのを発見した。
おそるおそる覗いてみると、冒険者であっただろう人物が後ろから殴られて死んでいたのだった。
腐敗していないところを見ると、まだ新しい死体だろう。
死体を見るのは二度目だ。胃液が上ってくる。
(服には血が付いていない・・・あの服を着れば・・・)
僕は冒険者の服に手を伸ばした。
その時、洞窟の中から人の話し声が聞こえてきた。冒険者が戻ってきたのだ。
僕はあわててその場から逃げ出した。
僕は川辺で自分の服に付いた血を洗っていた。
その晩はほとんどそれに時間を費やした。
苦労のかいあって血糊はほとんど目立たなくなったが、鼻についたあの異臭はどうやっても消えなかった。
翌日、岩に腰を落としながら半日ぼうっとしていた。
(報酬の1400Gが在るにも関わらず、その日のパンも買えないなんて・・・)
僕はエミエットの忠告を聞かなかった事を後悔した。
それから親父のこと、道具屋のおやじ、親戚のこと、近所の人々・・・。
色々な人の言葉を思い出しては後悔し、その晩、遂に決心した。
僕は酒場の扉を威勢良く開けた。
数人はちらりとこちらを見たが、すぐに自分の酒に没頭した。
僕はなるべく目立つ位置に立ち、大きな声で叫んだ。
「希望の町まで同行してくれる人物を捜している。報酬は1400G。」
酒を飲んでいた連中は一瞬こちらに注目したが、直後にどっと笑い声が起こった。
「今時1400Gで護衛依頼だって?馬代だけでいくらかかると思ってんだ。」
「そうだ。あの街道はただでさえ盗賊が出没することで有名じゃねえか。」
「だいたい何でそんなとこで大声出してんだ?正式に依頼を出せばいいじゃないか」
ヤジが飛んできた頃には大半の客はすでにそっぽを向いていた。
「その・・・今は一文無しで手数料も払えないんだ。でも町に帰れば報酬を受け取れる。」
僕は依頼書を掲げて見せた。
「お前の飯代足代を面倒見ろってことか?冗談言うな。頼むから酒のじゃまをしないでくれよ。さっさと帰れ。」
僕はなおも説得しようとすると、酒場の親父が直々に出てきた。
「おい、酒を飲まねえなら客じゃねぇ。商売のじゃまだから帰れ。」
僕はそれ以上長居することを諦めた。
これからどうしようか。町まで歩いて帰るか、洞窟に入ってみるか、死体あさりか、あるいは・・・。
僕が酒場を出ようとすると、入り口近くで飲んでいた若い冒険者が声をかけてきた。
「おい、兄ちゃん。俺が引き受けてやってもいいぜ。」
僕はその冒険者の方を振り向いた。
見た目の年齢は僕と同じか一つ上程度にもかかわらず、その出で立ちにはすでにベテランの風格が漂っている。
「困ってるんだろ?助けてやるよ。ただし、報酬は3000G。町に着けば心当たりがあるだろう。出し惜しみはよくないぜ。」
「わかった。お願いするよ。僕はマクヘル。」
「俺はフォルジャンって言うんだ。おごってやるからまあ飲みな。」
その晩は二人で野宿をした。
翌朝、頭痛と共に目が覚めた。慣れない酒を飲んだせいらしい。
「ようねぼすけ。やっとおめざめか?近頃のガキは甘ったれで困るぜ。」
僕らはすぐに出発することになった。
「さて、出発・・・と言いたいところだが、実は俺も金がないんだ。だからちょっと道具屋に寄るぜ。」
道具屋!?僕は一昨日のことを思いだした。
「だ、だめだ、道具屋は!あそこは冒険者嫌いだからたぶん買いたたかれるよ!」
「はぁ?しかしな、いくらこの剣がオンボロだからって、冒険者に対して剣を売れはないだろう。」
「僕の家は武器屋をやってるんだ。家に帰ったら店で一番の武器を君にあげるよ。」
「なんだ。お前武器屋の御曹司か!そいつを早く言えよ。こいつはいいカモ・・・いや相棒を持ったもんだぜ。なあ相棒!」
僕はあまり深く追求しないことにした。
馬車の中でフォルジャンは話し出した。
「さっき、異臭のする場所を見てたな?あそこで盗賊にやられたのか?」
「えっ?」
「くく・・・お前の顔を見れば一目瞭然だよ。あの異臭の原因を教えてやろうか。」
僕は何も言わなかったがフォルジャンは続けた。
「洞窟に行ったことがあるか?あそこはもっとひどいぜ。あの臭いの原因はな、死体だよ。人間の。
と言っても魔物に食われたわけじゃないぜ。魔物に食われりゃ髪の毛一本のこらねえからな。」
僕は顔をしかめた。
「悪徳冒険者がな、金持ちをたぶらかして洞窟に誘い出すんだ。油断させて後ろからグサリ。
それで所持品を一つ残らず奪い去って、残った死体は草むらへポイだ。
昔はそれでもバレなかったらしいが、今じゃ魔物も食いきれないほど大量の死体が積み重なってるぜ。
ひどい有様さ、魔物に食い散らかされて原型がわからないほどバラバラになってる。」
僕はもうよしてくれ、と言う合図をした。
「全うに働いてりゃよかったのに、遊び半分で冒険者になろうとする奴らが多すぎるぜ。だから悪人のいいカモにされるのさ。
お前は運が良かったな。一つ間違えばあの死体だまりの上で絶対に成仏できないような死に方をする羽目になっただろうぜ。」
「もうその話はよしてくれ!」
自分でも驚くほどの大声を出したにもかかわらず、乗り合わせた冒険者はこちらになんの関心も寄せなかった。
「はっはっは、ちょっと脅かしただけじゃねぇか。そんな大声出すなよ、なあ相棒。」
僕は酒場の扉をそっと開けた。
エミエットが真っ先に気づいて駆け寄ってきた。
「マクヘル!生きてたのね!?奇跡だわ。」
「話は後にしよう。早速報酬を貰いたいんだ。」
僕らはカウンターに立って依頼書を取り出した。
カウンターごしにエミエットが金貨袋を差し出した。
「はい、公平に分けてね。」
僕が手を出す前にフォルジャンがその袋をかすめ取った。
「さてと、報酬もいただいたことだし、君の父上にご挨拶と行くか。なあ相棒。」
フォルジャンは強引に肩を組んで酒場から僕を連れ出した。
武器屋の前で足を止めた。親父怒ってるだろうな。
扉を開けて中をのぞき込んだ。親父はいつものように売り物の手入れをしている。
僕と目が合うと、親父は一目散に駆け寄ってきた。
一番最初に飛んできたのは親父の鉄拳だった。
尻餅をついている僕に対してさらに怒鳴り声をあげた。
「今まで何処をほっつき歩いてたんだ!この馬鹿息子が!」
あまりの剣幕にフォルジャンは唖然としていたが、やがて口を開いた。
「おいおっさん。息子が生きて帰ってきたんだ、少し冷静になりましょうや。」
親父はフォルジャンの方をじろりと睨んだかと思うと、ためらいもなく鉄拳を食らわせた。
もんどり打って倒れたフォルジャンにも親父は罵声を浴びせた。
「貴様におっさん呼ばわりされる覚えはない!この馬鹿冒険者め!」
フォルジャンは強烈な一撃に戦意喪失したらしく一目散に逃げていった。
「さあ来い!たっぷりと仕置きをしてやる!」
僕は親父に引きずられて家の中に入れられた。
その後こっぴどく叱られたが、いつもとは違い不思議と悔しいとは思わなかった。
数日後、僕は酒場のカウンターに座っていた。向かいにはエミエットが居る。
「まったくあのマクヘルのしょぼくれた顔ったら。可笑しくってしょうがないわ。」
「そんなに笑うなよ。本当に死ぬかと思ったんだ。」
「ねえ、何があってのか話してよ。」
僕は今までの事を話した。
「へ〜そんなことがあったの。でも、これであなたが冒険者に向いてないって分かったんじゃない?」
「ああ、もうあんな目に遭うのはこりごりだ。だから、これからは訓練所に通うことにしたよ。」
「全然懲りてないわね。それにしても、あのフォルジャンって人、冒険者にしてはいい人だったんじゃない?
普通の冒険者ならそんなもの絶対に引き受けないわよ。」
「そうかな?じゃあ悪いことしちゃったな・・・。」
「ふふっ、すぐ信じちゃうんだから。ほんとに冒険者に向いてないわ。」
「あんまり笑うなよ。」
その時、酒場の戸が開いて声がした。
「おおマクヘル、ここに居たか。そろそろ訓練所に行こうぜ。もう少し素早くなったら洞窟探検をしよう。
お宝を見つけて一攫千金だ。」
「そうだな。じゃあエミエット、またね。」
僕とフォルジャンは大通りへと飛び出した。
新たな冒険への第一歩だ。
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