えむかみ冒険記
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突然、戸を叩く音で目が覚めた。
今日は休日だというのに誰だろう?
眠い目をこすりながら戸を開けると、寝起きの目には眩しすぎる朝日とともに一人の冒険者の姿が目に飛び込んできた。
僕はその姿に思わずぎょっとしてしまった。
その姿は青々と澄んだ空とはおよそ対照的な格好だった。全身はずぶぬれで頭からは湯気が立ち昇っていて、革鎧の隙間という隙間には泥が詰まっていたし、靴に至っては覆っている泥の上に砂埃が被さってもはや元の素材がなんであるか見分けがつかないほどだった。
「あんたがえむかみさんだね。」
と汚れた手で一通の手紙を差し出すと同時に、腕からは半ば乾いた泥の固まりがぼろぼろと落ちてくる。
僕は手紙をつまみ取り、裏返して差出人の名前を見た。
そこにはなぐり書いたような字でヴォイス教授の名が書かれていた。
「ヴォイス教授だって!?あの冒険者嫌いの教授が、冒険者を使って手紙を渡すなんて。」
そうまでさせるほど重要な用件は何だろうかと思いを巡らしながら急いで手紙を開けた。
そこにはただ一行
”重要な話がある。至急自宅まで来られたし。”
と書かれていた。
自宅?研究室ではなく?何だかいやな予感がした。思い当たる節はなくもない。それは教授の娘のエイリアさんと僕がこっそり付き合ってる事がばれたに違いない!
僕は青くなったり赤くなったりしながら冒険者にわずかの報酬を渡しさっさと追い返すと、急いで身支度を整え家を飛び出した。
教授の家にすぐについた。扉の前で一旦呼吸を整えてから戸を叩いた。
「えむかみです。ご用件をうかがいに参りました。」
中から人の気配がしたかと思うと扉が開いた。
扉から出てきた教授の顔を見たとき、僕は心臓が止まるかと思うほどびっくりした。てっきりいつものしかめっ面をさらに険しくして出てくるものと思っていた。だがその顔に浮かんでいたのは不気味な笑顔だった。顔はにわかに赤みをおび、口は半開きで、鋭い目をさらにぎらぎらさせて、なれない笑顔を作ろうとあらゆる表情筋が悪戦苦闘していた。
初めて見た人には、人の良さそうな印象しか受けなかったかもしれない。だが会った時から一度も教授の笑顔らしいものを見たことがない僕には、それがどんなに怒った顔よりも恐ろしい物に見えた。
教授は「まあ入り給え。」と僕を客間に通した。
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