えむかみ冒険記


<第二章>
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 僕と教授は神殿の前に立っていた。
 遠くから見るとただの廃虚にしか見えなかった神殿も、こうして正面から見上げてみるとその荘厳な様子には圧倒されるものがある。
 大天使が翼をひろげ神の宝物を守っているように見えるこの神殿の、敷石に刻まれた人々の足跡、壁面に刻まれた気候変化による風化の跡、それらを見ていると、この神殿は廃虚どころか今も昔も変わらずこの世界の中心であるのだという実感が湧いてくる。

 ここまで来てしまった以上、もはやあきらめ半分で僕は神殿の中に入った。
 神殿の内部は外見と比べると全く異様だった。
 広間は大勢の冒険者たちであふれかえり、彼らのしゃべり声がが広間中に反響して耳に飛び込んでくる。自分の冒険談を声高に熱弁している者、自慢の武具を見せびらかしている者、中にはちょっとした武器屋まで開いている者さえいた。神殿は冒険者達にとって重要な社交場となっているのだ。この神殿を作った者は、こんな様子になるとは夢にも思わなかったに違いない。

 教授は眉間にしわを寄せてあたりを見回すと、やがて目的の人物を見付けたようだった。
 「アーキス、ここだ!」と手を上げると、その声に気づいた一人の冒険者が、話し込んでいた相手と別れてこっちに近づいてきた。
 どこをどう見ても冒険者にしか見えなかった。人違いかと思ったが、他に近づいてくる人の気配はない。
 「やあやあ教授、お待ちしてましたよ。」と、その冒険者は教授と握手した。
 他の冒険者と違うところといえば、まずその着ている鎧が今朝僕のところへ来た冒険者のように泥だらけだった事、そしてもう一つ、瞳の中に知性の輝きが窺えた事だ。
 「アーキス、その汚い服をまだ着替えてなかったのかね。まるで冒険者みたいじゃないか。」
 「教授が今日中に出発したいなんて言うからですよ。それに、向こうへ行けばまた汚れるだけですし。」
 「まあいい、そうだえむかみ、もう会ったと思うが紹介しよう。私のかつての教え子で今は考古学者をしているアーキスだ。今回の調査に同行する事になっておる。」
 一度も会ってませんよ?と言おうとしたが、その前にアーキスが口を開いた。
 「やあえむかみ君。君に会うのは初めてだね。会えてうれしいよ。君のお父さんには世話になったから。」
 父の事を知っているのですか?と言おうとするのをさらに教授が遮る。
 「初めてだと!あの手紙を誰に渡したのだ?まさか冒険者じゃないだろうな。アーキス、いいかげんああいう連中と付き合うのをやめて身を落ち着けたらどうなんだ。大体君は昔から・・・。」
 「まあまあ教授、最良の友は神殿で見つけよと言うじゃあないですか。ともかく、今は調査のことを考えましょう。お話はその後ゆっくりという事で。」
 そこでやっと僕の話す番が回ってきた。
 「はじめまして・・・あの、僕の父と知り合いなんですか?」
 「何を言っとるんだ。お前の父の事なら私の方がよくしっとる。お前が生まれるずっと前からな!さあ、今は調査の事だけ考えたまえ。無駄話しならその後でいくらでもできるんだから。」
 教授に強引に引っ張られる様にして、僕らは出発する事になった。
 

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