えむかみ冒険記


<第三章>
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耳を聾するばかりの鳥獣の鳴き声にもいい加減聞き飽きた頃、前触れもなく一陣の風が吹き、辺りの空気が一変した。

水のかおりだろうか?



暗闇に光が射し込み、視界が開けた。

「うわぁすごい・・・」

その後の言葉が続かなかった。

目に飛び込んできたのは青一色。気の遠くなるほど巨大な湖だった。

さえぎる物無く広がった水の大地は、あちらこちらで細波をたてては太陽の光と戯れている。

「すごいや教授!対岸が霞んで見えますよ。」

「ばかもん。おまえは物を知らんからそういう事を言う。この程度の湖など世界にはゴマンとあるぞ。

私の探している”海”に比べたらほんの水溜まりに過ぎん。」



教授の言う事はもっともだった。もし本当の海ならば対岸なんて見えるわけが無いのだ。

しかし、この湖よりはるかに大きい海というものを僕はどうしても想像する事が出来なかった。



「ここが水溜まりというのなら、目的地じゃないんですか?」

「アーキス、どうなんだ。」

「まあ、この湖である事にはかわりないんだけどね。」

「ああよかった。でもこの湖と海とどういう関係があるんですか?」

「この湖は塩湖さ。真水ではなく塩分を多く含んだ湖の事だ。

かつて海だった場所がが陸に閉じ込められて塩湖が出来るといわれている。」

「なんだ、本物の海が見られるんじゃないのか。」

「そう早合点する事も無いぞ。この湖には不思議な所があってね。

四方から常に新しい水が注がれている事を考えると、この湖は狭すぎるんだ。

表面から蒸発する水量に比べ、入ってくる水量のほうがはるかに多い。

となるとどこからか流れ出していると考えるのが妥当だが、その場合あっという間に塩水は真水へと入れ替わってしまうはずだ。」

「へえ、たった今出来たわけでも無いのに何故なんでしょう・・・もしかして、どこかで海と繋がってたりして!」

「なかなか察しが良いな。どうだ、面白くなってきただろう。」



僕はもう一度湖を見た。

海の時代に生きた人にとってはこの湖は本当に水溜まりに過ぎないのだろうか。

かつては船を自在に乗りこなし、海を陸のように縦横無尽に走りまわった人々がいたのだ。

いや、今だっているかもしれない。

教授の言うように本当に海が残っているのなら、

この無数の平行世界のどこかに船を家とし海を庭とする人がいないとはどうして言い切れよう。



正直に言って、この湖を見た時から僕の心からこの旅に対する不安は薄れ、まだ見ぬ海への憧れが大半を占めるようになっていた。

それほどこの湖の印象は強烈だったのだ。

だが、それも長くは続かなかった。

というのは、その日の晩世にも恐ろしい出来事が起こったからだ。



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